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文化・芸術

2011年10月22日 (土)

夢を諦めない

Espeab

昨日、某団体の経済セミナーの撮影があり、来られていたゲスト、ESPERANZA(エスペランサ)さんの素敵なミニコンサートを聞かせて頂きました。

「ESPERANZA」はフルート・オカリナ奏者の奥田良子氏とベーシストでアレンジャーの奥田勝彦氏とで組む夫婦の演奏コンビ。

奥田良子さんはゆったりとしたハートフルなトークが印象的で、上品で美人な丸ごと神戸女子といった感じの方で、奥田勝彦さんはそんな彼女を優しくさりげなくサポートするベーシストの見本のような頼もしい方でした。

このお二人の醸し出す独特の優しく大らかな雰囲気。
それもそのはず、フジTV「奇跡体験アンビリーバボー」で自身の難病からの再起の体験を取り上げられご存知の方も多いと思いまが、知る人ぞ知るプロの音楽家のお二人。

難病のため一度は断念した夢を再び追って、奥田良子氏は現在も難病のクローン病となんとか折り合いをつけながら、夫の奥田勝彦氏とともに精力的に演奏活動を続けられています。

その心にしみるフルートの音色に、しばし撮影するのも忘れて我らが青春時代の懐かしの曲の数々に心を奪われ、入り込んでしまいました。

夫婦とは何なのかを語りではなく演奏のサウンドとお二人の間に行き交う優しい阿吽の空気感で教えられます。ちょっと慣れ過ぎて些か手あかじみた僕たち夫婦も見習うべきところがありそうで・・・。

普通に生活が出来て、普通に夢を見ることの尊さが彼女のゆったりとした語り口調からひしひしと伝わってきます。

かなり忙しく各地で演奏活動をされているようで、お体のことも気にはかかりますが、特に今年のような災害に見舞われた日本各地では、心を癒す彼らのようなハートフルな音楽や生き方に共感し、来演を望まれるのでしょうね。

それにしても、何の障害もないのにトシだというだけで夢を諦めかけている自分がはずかしい・・・。

Img_9397_2

2011年3月25日 (金)

心地よく,丸め込まれる。

Hmurakami

神戸から淡路に帰る高速バスは、ほぼ1時間に一便。

バス会社を選ばなければ30分おきに出てはいるけれど、何しろ結構な運賃なので定期か回数券を買って往復割引の恩恵を受けるなら同系統のバスになるので、その一時間を待つことになる。

バスの待ち時間にすることといえば・・・、

帰ったところで急ぐ用事もない時は、いっそ、映画を見る。
好都合なことに、バスターミナルのあるミント神戸の上層階にシネマコンプレックスがあるのです。

時間がそこそこある場合は、三宮駅周辺のスターバックスかドトール・コーヒーまたはサンマルク・カフェで、本を読んだり、パソコンを開いてデータ整理などして時間を過ごします。

さらに、15分とか20分しか時間がない時はバスターミナルから程近いジュンク堂でサクッと本を物色します。(たいていは立ち読みで引き上げるのですが)

村上春樹氏の本「走ることについて語る時に僕の語ること」という変なタイトルの本が目に入ったのでちょいと立ち読み。

しかし、読み進めて行くうちに、あまりに目からうろこがぼろぼろと落ちて仕方がなかったので、珍しくそのまま棚に戻さず連れて帰りました。

この本の変な長いタイトルは、彼の敬愛するレイモンド・カーバーの短編集のタイトルをもじったもののようですが、このやり方からして村上春樹という人は「商売人だねぇ,上手いなぁ」と言う印象。

丸め込まれてはなるまいぞ、と自分にいい聞かせながら帰りの高速バスの中で続きを読み始めれば、なんと足腰の脆いこと。ころりと手なずけられてすっかり引き込まれてしまいました。

ノーベル文学賞に最も近い日本人作家と目される超売れっ子小説家の、バックボーンというか心身の体幹をしっかり支えているのが「ひたすら走る」ことだったことに納得。

読みやすく洒落た文体は、ちょうど1キロを5分30秒くらいのペースで約一時間、10キロちょっとを走ったような爽快な読後感がありました。


2009年1月19日 (月)

さよなら、ワイエスさん

先週末、アメリカの片田舎の風景や人物、静物を数多く描いたアメリカン・リアリズムの画家、アンドリュー・ワイエスが亡くなられたことを新聞で知りました。
享年91歳だったそうです。

Pic8

代表作「クリスティーナの世界」はあまりにも有名で、多くの人がその作品を目にして強いインパクトを感じとられたことと思います。
僕もその昔、彼が描くラフなタッチながらリアルな描写のごくありふれた静物画に強く惹かれました。

Wyeth08

対象物を徹底的に観察して、写真のように精緻に描いたそれらの作品を画集で観て、当時流行ったスーパーリアル・イラストの技法で静物や人物を描いていました。

おそろしく時間をかけて写真のように描くのであれば、写真で良いのではないかと疑問にも思ったものです。つまり、絵のことも写真のことも、なんにも解っていなかったのですね。

以下は、ワイエス自身が語ったリアリティのついてのヒントとなる言葉です。

「カメラでリアリティを捉えられるとは思いません。単なるイメージに過ぎないのです。私にとってリアリティはそれ以上のものです。だから私は、カメラと私が求めているリアリティを比べてみようなんて一度も考えてみたことがないんです。」

ただお手軽に対象物を写し撮れるというだけで絵筆をカメラの持ち代える、その逆に時間と手間をかけただけで対象物の本質に迫れるのか、という迷いの答えがそこにあるように思います。

そういえば、「さよなら、エス・ワイさん」という歌がありましたが、某シンガーソング・ライターが書いたこの曲のイニシャル、S・Yさんとは吉永小百合さんのことらしいです。

このほとんど誰も知らない歌を口ずさみながら、当時のカルピスのコマーシャル写真に掲載された吉永小百合さんのポートレートをワイエス調に模写した学生時代を思い出します。

Noyakifuukei

最後の写真は、ワイエスさんのご冥福を祈りつつ、ジャパニーズ・カントリー・リアリズムを目指す僕の、ワイエス調の作品「主の居ない野焼き」です。
やっぱり根っからのミーハーなのですかね。